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運動部活動についての乙武さんのツイート

たまたま見かけた乙武さんのツイートに思わず頷いた。
運動部活動について。
高校よりも中学についてよりあてはまると思う。

1.文科省のHP「運動部活動は、学校教育活動の一環として、スポーツに興味と関心を持つ同好の児童生徒が、教員等の指導の下に、自発的・自主的にスポーツを行うものであり、より高い水準の技能や記録に挑戦する中で、スポーツの楽しさや喜びを味わい、学校生活に豊かさをもたらす意義を有している」

2.いま記したように、運動部活動の意義は大きく分けてふたつあります。
「自発的・自主的にスポーツを行うこと」と「より高い水準の技能や記録に挑戦すること」。どちらも大切であり、どちらも軽視してはなりません。だから、私も「大会に勝つこと」を決して否定しているわけではないのです。

3.私が危惧しているのは、大会に勝つことがあまりに優先されるあまり、「自発的・自主的にスポーツを行う」というひとつ目の意義が失われてはいないだろうか、という点です。「勝つ」ことは大事。しかし、それが最優先になることで、子どもが「自発的・自主的に」取り組めなくなるようでは困ります。

4.ですから、世間ではチームを勝利に導くことのできる指導者を「名将」と賞賛したりしますが、私はそれが強制や威圧による指導であったのなら、決して「名将」とは呼びたくないのです。あくまで、部員が「自発的・自主的に」取り組んだうえで結果を出して、はじめて「名将」と呼べるのではないかと。

5.「出場選手を部員の話し合いで決める」という意見に強い抵抗を感じる方が多くいらっしゃることは理解しています。しかし、勝利至上主義のなかで忘れられがちな「自発性・自主性」を強化するためにも、そうした選択肢があっていい。実際、PL学園野球部は、今年も監督不在で県大会決勝まで進んだ。

6.最終判断は指導者に委ねたとしても、練習方法やチームの運営方針など、まずは部員たちで考えてほしい。それができないままに、「勝つためには、あの先生の言うことを聞いていればいい」となってしまうのは、信頼ではなく、ただの思考停止だ。そこに、「自発性・自主性」を見つけることは難しい。

7.勝利を求めることは否定しない。だが、その勝利への道筋を他者から無条件に与えられてしまったのでは、あまり意味がない。みずから試行錯誤しながらその道筋を模索していくことに、本来の部活動の意義があるのではないだろうか。そして、どうもその部分が疎かにされがちなのではないだろうか。


勝つことは確かに大切なことで、モチベーションの源かもしれない。
でも、教育の一環で、スポーツの楽しさや喜びを味わうという点においては、もっと重要視すべきじゃないかと思う。
思春期という難しい年頃が相手なので、顧問の教師も悩みは尽きないだろう。

顧問をしてもしなくても給与に差がないのに休日も部活に勤しむ教師の行動には頭が下がる。
でも指導内容については疑問が生じる教師も少なくないのではないかな。
教師もそれぞれ、生徒もいろいろで一概には言えないだろうけど。

kasuが指導を受けた教師、chuが指導を受けている教師、どの方も個性がある。
直接は知らないけれど、子どもたちに大きな影響を与える指導者たち。
強制や威圧による指導なしにうまく導いてもらいたいものだ。

指導というのはそれはそれは奥の深い行為である。

by omori-sh | 2014-09-18 00:05 | episode