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父と息子って 7

「どげな奴なんじゃ、常務いうんは。カズが頭下げるだけの価値のある男か?」
「いやな奴だよ」すぐに返した。「陰険で、金に細かくて。疑り深くて、自分の得になることしか考えてない奴で、あいつがまだ部長の頃から大嫌いだった」
健太くんが、「うわっ、サイテーじゃん」と口を挟む。
「でも、いやな奴だから… 敵にまわさないほうがいいんだ」
電車がもうすぐ到着する、というアナウンスが聞こえた。
チュウさんは視線をさらに険しくして、吐き捨てるように言った。
「嫌いな上役に尻尾を振って、へこへこ媚びて、そげんしてまでクビになりとうないんか」
「しょうがないだろ。クビになるとわかってて、なにもしないわけにはいかないんだし」
「アホ、そげなことなら最初からせんほうがましじゃ。おまえ男じゃろうが、男らしゅうせんか。それもできん者が、偉そうに説教たれるなや」
「だったら、死にかけた親父に小遣いもらうのが男らしいの?そっちのほうが情けないじゃないか」
「親子は別じゃ。親に頼らん子どもがどこにおるんな」
「屁理屈言わないでよ」
「どっちが屁理屈なんじゃ、こんなん、親のスネかじって東京の大学まで行って、カバチのたれ方しか勉強せんかったんか、アホ」
東京-を持ち出されて、カッとなった。
「だったら、あんたも屁理屈言わずに死んでいけよ!」
-中略-
チュウさんも感情を抑えた声で「自分の好かん男に頭やら下げるな」と言った。「おまえにも意地いうもんがあろうが」
「…クビになるよりましだよ」
「のう、わしはそげんふうにカズを育てたんか?そげな情けないことを考えるような男になれえ、言うたか?」
轟音とともに電車が入ってきた。
しょうがないだろ、と口を小さく動かしてチュウさんから目をそらした。
「わりゃ、それでも男か!」
怒鳴り声が聞こえるのと同時に、目の前が暗くなり、光がはじけた。頬を殴られた-と気づいたのは、ホームに倒れ込んだあとだった。


「流星ワゴン/重松清」より

長い引用になってしまったけれど、引用するまでもなく、ぼくも何かあるとすぐ、「父さんだったらどうするだろう」とか、「ぼくのこの判断を父さんはなんて思うだろう」と言ったことが頭をよぎる。
もう直接会って尋ねることができなくなってしまっているから、余計にそんな風に思うのかもしれないけれど。

「自分の好かん男に頭やら下げるな」って、ぼくの父もそんな人だったかもしれない。
でも、結局は「お前がそうしたいなら、そうしたらええ」って言うような父だったかな。

父に殴られたことは-
中学の頃、一度だけ、あったかな。
理由はよくわからないけれど、その時は泣いてたと思うけど、でも、殴られたということは、今はうれしい思い出だったりするのだ。
なんでかなあ。

by omori-sh | 2005-08-02 23:29 | book