殿堂入りの手に触れる
先週の訪問時に、その方が偉大な投手だったことを知った。
ネットで調べてみると、なんと野球殿堂入りをされていた。
そして今日最後かもしれないので、訪問するときから決めていた。
「手に触れさせてもらおう」
訪問診療の依頼があって、うまいことぼくがすぐに行くことができて、入れ歯を改造してみた。
しばらく使っておられなかった義歯を使ってもらえるようにいろいろやってみた。
入れ歯の修理なら初日にできるところまでやるのがぼくの方針。
2回目の訪問日、1回目で不十分だったところの修正。
日を改めるとちょっと余裕もあるし、何より使ってもらえたかどうか、また使ってもらってどこに問題があるかがわかる。
「入れ歯をはめて食べられるようになって、食事の時間がずいぶん短くなったんです」
「そうですか、それはよかったです」
まずまずのことはできたようだった。
そして2回目、余裕があるから隣の部屋に飾ってあるポスターを見てその方が元プロ野球選手だったことを知った。
つまり初日はまったくそんなこと夢にも思わず、ただひたすら入れ歯と格闘していたのだ。
当たり前だけれど、その人を見ただけで若い頃マウンドに立っておられたことなどわかるはずがない。
わかってしまったからには、ぼくは黙ってかえることができないたちだ。
ご本人にお願いして、その右手を見せていただいた。
やっぱり大きい。指が長い。そして見るからに頑丈そうな手。
「すごくコントロールがよかったそうですね」
「まあ、練習ですな」
そう、偉大な人ほど練習しているんだ。
練習せずに一流になれるわけはない。
当たり前のことなんだけれど、痛感した。
殿堂入りするような方のお言葉だから、力があった。
そしてその方に直接触れることができた。
戦前戦後に活躍した偉大な投手の手のぬくもりがまだ、ぼくの手に少し残っている。
やさしい手だった。
by omori-sh | 2006-03-07 21:26 | episode