救う神
妻がたすけられていることを実感しているけれど、まさしくぼくもまわりの人たちから救ってもらっていると感じる。
人の力が必要なときって、ちゃんと救ってくれる人が現れるものだ。
これもぼくら一人一人は網の目のような存在で、まわりの人に囲まれて、そして支えてもらってはじめてかたちとして生きていけるということだと思う。
独立して事業を立ち上げたとき、救ってくださる方は神様に見える。
救ってくれる神様に囲まれて今ぼくらは暮らしている。
救ってくださる方には恩返しをしたいと思う。
できる限りのことをしてこたえていきたい。
今日来て下さった患者さんたちはまさしくみなさん救いの神様。
自治会に勧誘して下さったEさんや開業初日に来て下さったHさんやOさん。
子どもさんたちを連れてやって来てくれたNさん。
いつもお世話になっている和菓子職人のHさん。
そしてぼくが開業するのを心待ちにして下さっていたというお花の先生のKさん。
本当にありがたいと思う。
さらに今日ついに看板が完成した。
いままでアクリル板だった仮看板がガラスに置き換わった。
やっぱり材質が変わるだけで存在感が全然違う。
看板設置に来て下さったsmmrさんからはぼくが書いたブログについてコメントをいただいた。
「機心」について。
建築業界でもまったく同じことが言えるらしい。
「図面でもそうなんですよ、まず手でちゃんと画けないといけない。手で画ける人がCADを使うからうまくできるんです。CADしか知らない人の図面とは違います」
そんな風にぼくの書いたブログについて考えて下さっているというだけでうれしい。
機械とか便利な道具を使いこなすためにもまずその機械や道具の便利さを身にしみて感じているかということなんだと思う。
人のありがたみも同じ。
救って下さる人のありがたみを身にしみて感じてこそ、本当の感謝の気持ちが沸いてくるんじゃないかと思う。
ここのところ、いろいろな「ありがたみ」を感じることができている。
これは実にありがたいことだ。
神様に感謝。
by omori-sh | 2007-02-16 22:09 | create d.c.