霧の朝

夜中に雨音で目が覚めたくらいけっこうな勢いで降っていたであろう雨が上がって、4月1日の朝は霧が立ちこめていた。
いつもより少し遅くcarlと出かけたんだけれど、このあたりでは珍しく濃い霧だった。
春霞ということなんかな。

妻と一緒に散歩しながら3月を振り返る。
なんとなくほっとしている。
いまでは仕事と家庭が切り離せなくなっていて、子どもたちにも仕事の影響が大きくて、言い方は悪いけれどもどうしてもしわ寄せがどこかにいく。
それでも3月を無事終えることができたことはうれしい。

ここ半年、家族と過ごす時間が増えた。
もっと一人の時間や外に出歩く時間が欲しくなるんじゃないかと思っていたけれども今のところそういうこともなく、むしろやっぱり家族が一番だなあ、一緒に過ごせてよかったなあ、と思えている。
静かな霧の朝、carlと一緒に歩きながら、妻と他愛のない会話を交わしながら、おだやかな気持ちになる。

家に帰り着いて、すぐに家に入らずに庭の草引きをはじめた。
carlにもおつき合いいただいて。
carlは庭をうろうろして好物を探す。

このあたりも野良猫が多くてわがもの顔でぼくらの家の庭も歩いている。
なのでしばしばわが家の庭でも用を足している。
その後始末をcarlがしてくれていると思えばいいじゃないか。
「もー、carl!」と嘆く妻の気持ちもわかるけれど。

そのうち子どもたちが出てきた。

そこで一緒に庭でごそごそ。
気になっていた家庭菜園を耕すところまでできた。
土いじりをしていると体も動かすし、気持ちいい。

ちょうど昨日先月の数字を眺めていたところだけれど、数字を追い求めるよりもぼくにはこっちが大事だなあと思う。

世の成功者というのは仕事大好き、数字大好き(これは語弊ありかな)で、そう人たちの著書をぼくもだいぶ読んで、自分も成功者になってやろう、などと考えていた。
いつの頃からかなんか違うなあ、ガツガツ進むのはぼくの性には合っていないなあ、と思いはじめた。

数字は高くなくても、家庭円満ですごく幸せな人生を送っている人の著書というのはビジネス書としてはいまいちだろう。
それって俗に言う成功者ではないだろうから。
わかっていながらつい目立つ人の言動に影響を受けてしまうものである。

しっとりと静かな朝、浄化を受けながら自分のライフスタイルを考えた。
[PR]

by omori-sh | 2007-04-01 10:20 | garden