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夏休み最終日 その1

c0056707_21572762.jpg夏休み最終日、8月31日。
42日間続けてきたラジオ体操。
今朝は感慨深かった。
毎朝がんばった。
よくやったぞ、子どもたち。

ごほうびにラジオ体操の会のおじさんおばさんたちからおやつのおみやげをいただいた。
いただいたのは昨日だけど、素直にうれしかった。
それだけじゃなく、朝会う度に「がんばってるね」と声をかけてくださる方もいて、励まされた。

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よくやったといえば、鉄棒も。

逆上がり、毎朝少しだけど練習した甲斐あって、ずいぶん上達した。

成功したときの笑顔はとびきりだった。

いつまでもこのときの感動を覚えていてほしい。


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kasuはもちろん、chuまでもなんとか逆上がりができるようになった。

8月31日、chuもおおかたマスターした。

忘れてしまわないよう、2学期になっても練習するんだぞ。


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こうやってみんなが並んで鉄棒の練習したことも、いい夏休みの思い出になった。

ああ、夏休みが終わる。
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by omori-sh | 2006-08-31 21:58 | episode

貯金箱

kasuの夏休みの工作がついに完成!
今年の夏のテーマは貯金箱。
ということで家族みんなでつくった貯金箱。

kasuの作品は妻のブログでご覧あれ。
ぼくは見せたがりなので自分の作品を。
適当に端材をホームセンターで購入して、設計図もなくつくりながら考えたのだがだからこその貯金箱ができた。
できあがるまで自分でもイメージできなかったわりに気に入った。

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投入口からうまく硬貨が入らなかったり、本体が台からはずれやすかったりといったことはあったが、まあそこはそれなりに。

後ろに窓をつけて中身が確認できる、といかにもそれらしい理由をつけてはみたけど実は端材だからサイズが合わなかったためだ。
でもアクリル板でつくった窓は妻にも好評。
「後ろからがかっこいいのよね」とコメントをもらった。

実際いっぱいになるまでお金を入れてみたらどうなるかは試していない。
強度不足で倒れるおそれあり。

つくったのはお盆休み、もうずいぶん前のことだ。

kasu、長くかかったけれど工作もよくがんばった。
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by omori-sh | 2006-08-31 05:14 | episode

中隊長

ぼくは戦争は嫌いだし、これから戦争なんて起こってほしくない。
戦争なんて好きじゃないけれども、戦場で戦った人はたくさんいるに違いない。
そして戦争が嫌いだからといって戦争の話を拒絶するべきではない。

戦争に関連する話には多くの教訓があることも確かだ。

戦争体験をもつ作家の伊藤桂一さんとノンフィクション作家の保坂正康の対談記事より。

「戦後の考え方では、『戦争は悪いことだ、それに加担するのはけしからん』となるかも知れませんが、当時はそういう事じゃないんですね。
戦争がいいとか悪いとかではなくて、国が自分たちを必要としている、誰かがやらなきゃいけないのなら、自分たちが防人の役割をするしかない、ということでした。
いわは世代としての責任感です。
自分がラクするよりも、この危機に付き合うのが男としての任務だと思っていました」

「兵士はみんな大人なんですよ。
死ぬときには、『そうか、やられたか』だけ。
底辺の兵隊はけっこう覚悟はよかったなと思うんですけれどもね」

「難しい理屈は考えません。『政府が悪い』とか『軍の上層部が悪い』というような泣き言も、一言も言わないですよ。
泣き言を言うような兵隊じゃ全然役に立たないわけですから。
泣き言は訓練のときに卒業してます。
泣き言も言わずに死んでいったんです」


必ずしもこういうのがいいかどうかは別にして、こういう潔さはかっこいいなあと思う。
泣き言を言わない男ってカッコイイ。
今は何かにつけ上の立場の人に文句ばっかり言ってる。
制度自体に問題はあるだろうけれど、制度に対する文句ばっかり。
どう決まったって何かしらイチャモンがつくに決まっている。

泣き言を言う男の姿は見苦しい。

そして泣き言を言うのは案外末端よりもやや上であるような気もする。
末端はかえって開き直ってたりする。
「兵士はみんな大人」ということに通じるんじゃないだろうか。

そして、命令される立場、つまり実際に戦うのは中隊長以下になるらしい。
中隊長以下というのは中隊長・小隊長・分隊長・兵隊。
ということは中隊長の立場がたいへん重要になる。

会社でいうなら課長クラスだろうか。

「いい中隊長と悪い中隊長を分けるものは何なのでしょうか」
「一つには教養でしょうか。自分が権力を手にしたときにそれを乱用しない自制心ですかね。
でも一番はやっぱり人間性ですね。
部下に対して威張らない、親切であること。
信頼できる人は、自分から先に死ぬ覚悟ができています。
そういう人の下にいると、あの中隊長のためならいつでも死ねると兵隊が思います。
そういう部隊は強いです」


これはこれからのぼくにとっては肝に銘じておくべきセリフだ。
戦争ではないんだけれども、個人事業者には通じるところがおおいにある。

「僕たち戦中世代は、多くの者が二十代に国家の運命に殉じて死んでいきました。
僕たちはその分、『生命の連帯感』を持ってきたと自負しています。
死んだ者の生命を、生き残った者が何らかの意味で継続する、しなければならない、という思いを持ち続けて、戦後を生きてきました」

「一国の歴史の中においては、我々のように苦労を担当する世代もあるわけです。
だから、僕は、これでいいんだ、と思っています。
仲間にも、これでいいんだよ、と呼びかけたいです」


これでいいんだよ、と言えることはすばらしいことです。
ぼくもどんなことがあっても、どんな目にあっても、「これでいいんだよ」と思えるような人間になりたい。
かといって戦争は起こってほしくないけれど。

でももし万が一そんなことになったなら、兵隊に信頼される中隊長になってみたいものである。
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by omori-sh | 2006-08-30 06:56 | create d.c.

カンダタと杜子春

芥川賞受賞作を読んだからというわけでもないけれど、芥川龍之介の「蜘蛛の糸・杜子春」を読んだ。
今回読んで、今さらながら目からウロコが落ちた。

恥ずかしながら、この歳ではじめて自分がカンダタであり杜子春であることがわかったのである。

なぜか今まで、自分はカンダタのような罪人ではない、だから蜘蛛の糸に自分がぶら下がるということをイメージしていなかったのである。

「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はオレのものだぞ。お前たちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ」

自分の事を棚に上げて、自分だけが助かろうとするカンダタのエゴイズムを他人事としか思えていなかった自分の浅はかさにあきれた。
まさしく自分自身にあてはまるではないか。
自分だけは罪人ではないとどうしていえようか。

「人間は皆薄情です。私が大金持ちになった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になってご覧なさい。やさしい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持ちになったところが、何にもならないような気がするのです」

そういっても貧乏しても安らかに暮らしていくことに自信のない杜子春は仙人に弟子入りして仙術を身につけようとする。

結局仙人になることも叶わなかった杜子春だが、大切なことに気づく。

「何になっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです」

贅沢に憧れてはいないか。
金持ちになりたいと思うこと自体は決して悪いことではないと思うけれども、お金がすべてになってしまわないことが大切だ。

杜子春のように極端な人生ではないので、自分自身が贅沢にも貧乏にも縁がないと思ってしまっていた自分がいた。
そしてそんな自分が忘れかけていた大切なことを杜子春は教えてくれた。

自分がカンダタであり杜子春であることを忘れないように。
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by omori-sh | 2006-08-29 22:06 | book

ぼくが8月の路上に捨てるもの

第135回芥川賞受賞作「八月の路上に捨てる/伊藤たかみ」を文藝春秋で読んだ。
作者は神戸生まれの同世代で、偶然にも高校はぼくの妻と同窓である。
だからというわけでもないけれど、関心を持って読んでみたが、読後感は妻と同様、ただ何となくわかるんだけれども何となく通り過ぎていったなあというものだった。

4年前、誕生日に出した婚姻届が離婚届になった。
それが9月1日。
主人公の敦を自分に重ねてみると、いくらかはわかる。

そういえば妻が大学を卒業して就職したときぼくは学生だったなあ、あの頃はぼくがおごってもらったなあくらいは思い出した。

ただきっとぼくもこの8月、路上に捨てたものがあるだろうなあということを強く思った。

路上に限らず、いっぱい捨てたから、いっぱい得られたに違いない。

それより路上に捨てるということはどういうことだろう。

見て見ぬふりをされるようなこと。
ただ単に通り過ぎていかれるようなこと。
まったく気にも留めてもらえないようなこと。
誰かに拾ってもらえるようなこと。
もう一度自分で探しにいくようなこと。

確かにいろいろ捨てた。
捨てることで、前に進めたと思う。

8月も残すところあと2日。
あと2日で捨てるものはいったい何かなあ。
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by omori-sh | 2006-08-29 21:32 | book

リタのことば

ある雑誌でカルロス・ゴーンの妻、リタ・ゴーンさんがシャネル社長のリシャール・コラスさんと対談されている記事を見かけた。
リタさんは「ゴーン家の家訓」という本を出されているらしい。

そして驚いたのがリタさんがぼくらとあまり変わらない世代の女性だということだ。
ゴーン夫妻は一回り(日本的表現だが…)年の離れた夫婦である。
リタさんは現在39歳かな?

その若さであのカルロス・ゴーンの妻をこなしておられるのである。

おもしろい対談記事だったんだけれども、中でもとくになるほどなあ、と思った部分を抜粋。
リタさんのことば。

「日本の親は子どもをもっと厳しくしつけるべきですね。
アメリカにいた頃、しつけをできず、子どもに振り回されるばかりのアメリカ人の親をたくさん見ました。
どう見てもしつけに失敗しただけの子どもが、『学習障害児』として診断される例もありました。

いまの日本を見ていると、アメリカを思い出します。
赤ん坊が泣けばすぐに抱っこして、友達感覚で子どもの要求に応えるばかりの教育をした挙げ句、思春期になってから『うちの子は変わってしまった』と口うるさく言う。
我慢できず、親を殺す子どもたちの事件には悲しくなります。
子どもを殺人者にしたのはしつけに失敗した親たちです」


もちろん子育てに関することに限らず、ご自分の考えを明確にお持ちで意外性のあるコメントも述べくれるリタさん。
同世代ということもあり、ますます気になる存在になった。
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by omori-sh | 2006-08-28 23:21 | idea

夏休み最後の日曜日 その3

夏休み最後の日曜日の最後を飾るのが、みどりぐみの活動拠点であるハピネスさつまのなつまつりです。

最後の最後にすっかり非日常を堪能させていたきました。

子どもたちにとっても、これまた印象的ないい思い出ができたに違いありません。

ぼくらもすっかり楽しんで、すっかりくたびれたいい一日。

ありがとう!
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by omori-sh | 2006-08-27 22:44 | episode

夏休み最後の日曜日 その2

残暑厳しい8月27日。
まずは朝から海でひとおよぎしてきた夏休み最後の日曜日
つづいてkasuの飽くなき欲求もあり、再び映画館へ。
もちろんめあてはゲド戦記。

監督の宮崎吾朗氏は1967年生まれ。近い世代。同世代といってもいい。
宮崎駿さんという父の存在は彼にとって如何なるものだろう。
宮崎駿という存在があってゲド戦記の監督をするチャレンジスピリットには頭が下がる。

そして作品の冒頭でいきなり息子が父親を殺すシーンである。

いろいろなメッセージが込められていると思う。

でもこの作品のメインテーマはすごくシンプルだなあと感じ、好感を持てた。
ぼくなりにすごく共感できたからだ。

「いのちを大切にしない奴なんか大嫌いだ!」という明確なメッセージ。

この世に永遠に生き続けるものなどありはしないのだ。
自分がいつか死ぬ事を知っていると云う事は、
我々が天から授かった素晴らしい贈り物なのだよ。
わしらが持っているものは、
いずれ失わなければならないものばかりだ、
苦しみの種であり、宝物であり、天からの慈悲でもある、
わしらの命も…。


このセリフの声が菅原文太なのだ。

「死んでもいいとか、永遠に死にたくないとか、そんなのどっちでも同じだわ!
ひとつしかない命を生きるのが怖いだけよ!」
という言葉にもはっとさせられた。

終盤の魔女の醜い姿を見てchuは「こわい、こわい」と泣きそうになっていた。
不老不死を手に入れようとする魔女のなれの果て。
美しく年を重ねるということは、魔法で若い姿を保つこととは違う。
アンチエイジングという言葉、ぼくは好きじゃない。

ほかの誰かを犠牲にしてまでも自分だけは恵まれたいという我欲について考えさせられた。
自分自身に照らし合わせながら。

子どもたちはこの映画を観て何を感じたんだろう。

何かは残っただろう。

何でもいい。

さて、夏休み最後の日曜は映画の後もまだまだ続く。
とりあえず、お昼寝中。
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by omori-sh | 2006-08-27 15:01 | music/art/movie

夏休み最後の日曜日 その1

夏休み最後の日曜日。
朝、いつもの場所に行っているけれど、今朝はいろんな犬と出会えた。

ラジオ体操ではカードにはんこを押してくださる方が、
「8月31日までおいでよ、おみやげあげるから」
と話して下さった。
あと4回だ。

ラジオ体操のあと、日曜日ということで海へ行った。
そしてひとおよぎ
夏休み最後の海だ。

そしてこれからまだまだ最後の日曜を満喫するのだ。
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by omori-sh | 2006-08-27 08:53 | episode

もうすぐ地鎮祭

歯科医院の設計が大詰め。
予算に合わせた変更を検討中。
予想していたことだけれど、なかなかたいへん。

それでもちゃんと前には進んでいて、ついに地鎮祭の日が決まった。
9月3日をメドにしていたけれど、それは変更になり、9月9日(土)に決定。
大安吉日。

それまでにしなくちゃいけないことはまだまだある。
といってもほとんど動いてもらうのは建築関係の方ばかりなんだけれども。
工務店さんとの契約をそれまでにきちんと取り交わすことになる。

2月1日の開業に向けて、また一歩進んだ。
大切な区切りが決まると、一つ進んだ気がするものだ。
期日に追われるという部分もあるけれども、期日があるからこそ進みやすいんだと思う。

もうすぐ地鎮祭。
ちょうど2週間後だ。
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by omori-sh | 2006-08-26 07:35 | create d.c.