バレーは楽しいスポーツだ

バレーボールって、楽しいスポーツだと、思う。
だからたぶん、ぼくもこれまでずっとやってたんだろうね。
だから、娘にも、息子にも、そこらへんをできれば感じてもらいたい。

中学の頃、背が低かったから、最初はBチームだった。
Bチームってのは、いわゆる二軍。
背が高いからということで、Aチームに入ってる連中に負けなくないって思った。

幸いにも顧問の先生に認めてもらうチャンスがあって、Aに入れさせてもらって、たまたまもらえたチャンスをものにできて、レギュラーになれた。
背は低かったけれど。
背が低くても、トップチームじゃなければ、何とかなる。

ぼくのポジションは、セッター対角で、フェイントを拾ったり、二段トスをあげるのが役目だった。
でも、ストレートのブロッカーでもあったので、相手チームのエースのアタックをブロックするのも役目。
背は低くても、ブロックができるということを示したかった。

高校でも、一つ上のチームの時は、Bチームだった。
そこでは、Aチームの練習相手のチームのエース対角として、がんばった。
Aの連中に一泡吹かせたいという思いで、同じBの先輩と一緒に悔し涙を流しながら。

自分たちの代ではまたセッター対角で、ライトアタッカーとして出させてもらった。
補助アタッカーだったけれど、エースを刺激したかった。
しぶとい選手になりたかった。

大学ではサークルでバレーを続けた。
アタッカーとしてやらせてもらった。
エース的な役目もさせてもらったけれど、やっぱり最後は補助アタッカーだった。

サークルを引退して、クラブチームや実業団のチームにも入れてもらった。
そこでは割とエースとしての役目をさせてもらった。
ぼくのバレーのピークは社会人になってからだった。

30代前半は、アタッカーとして、調子のいい時はオレもこんなレベルでできるんだ、と思ったものだ。
大阪の実業団のチームで、バリバリの体育会でやっていたような人と対戦させてもらった。
もちろん、力は劣るけれども、たまに決まった。

35を過ぎると、とたんに通用しなくなった。
加齢による衰えを実感した。
肩や膝が痛くなって、回復しなくなった。

40になって、セッターをさせてもらえる機会が増えた。
これがおもしろい。
もう自分のバレー人生は終わったなと思っていたけれど、またおもしろくなった。

セッターは、とてもすばらしいポジションだ。
アタッカーの力を引き出せるかどうか、セッターにかかっている。
もちろん、高いレベルのアタッカーなら、トスが下手でも打ってくれる。

でも、アタッカーのレベルが低いほど、トスを上手く上げてやる必要がある。
アタッカーごとに、適したトスが違う。
この人には、どんなトスがいいんだろう、と考える。

場合によっては、そのアタッカーの打つコースまで、トスでコントロールできる。
それが意図していた通りになれば、快感だ。
もちろん、高いレベルのアタッカーには、どのコースにでも打てるというトスを上げてやればいいんだけれど。

メンバーを操るというか、長所を引き出すのがセッター。
奥が深いポジションだ。
ぼくだって、セッターなら、もっとうまくなれる気がする。

こんな楽しみがあるのが、いい。
今日もいい年した大人たちとバレーをやって、すごく楽しかった。
バレーボールって、楽しいスポーツだ。
[PR]

by omori-sh | 2013-04-21 21:58 | sports